ジャズピアノを学ぶ生徒たちにどんな響きを目指しているか聞くと、多くの人がBill Evansの名前を挙げます。メロディの下で歌うような温かいコード、宙に浮かんでいるかのようなハーモニー。その響きの大部分は左手から、ルートを省いたある種のヴォイシングから始まっています。
このルートレス・ヴォイシングは、単に「Bill Evansのヴォイシング」と呼ばれることもよくあります。当時これを使っていたピアニストはEvansだけではありません(1950年代後半には、Wynton Kelly、Red Garlandをはじめ多くのピアニストから聞こえます)。でも、この響きを有名にしたのは彼の録音でした。よい知らせは、そのしくみがシンプルだということです。1つのコードに2つの形と、どちらをいつ使うかのルールが1つ。
なぜルートを省くのか?
バンドでは、ベーシストが小節の頭でルートを弾きます。ピアニストも同じ音を弾くと2つがぶつかり、低音域でコードが厚ぼったく濁ります。ルートがなければ、左手はコードに色彩を与える音を自由に弾けます。
- 3rdと7th:どんなコードかを伝えるガイド・トーン。
- 9th:温かさを加えます。
- 5th、ドミナント・コードでは13th:真ん中を埋めます。
4音すべてが1オクターブの中に収まり、ピアノのちょうど真ん中に位置します。その中音域こそ、この響きが生きる場所です。
2つの形:AとB
どのコードにも、ルートレスの形が2つあります。
- Aは3rdから始まります:3 – 5 – 7 – 9(ドミナントでは3 – 13 – 7 – 9)。
- Bは7thから始まります:7 – 9 – 3 – 5(ドミナントでは7 – 9 – 3 – 13)。
Bは、Aの下半分を1オクターブ上に移しただけのものです。メジャー、ドミナント、マイナーの各コードで、両方の形を聴いてみましょう。キーを選んで再生を押してください。
Cmaj9: E–G–B–D · Cmaj9: B–D–E–G · C13: E–A–B♭–D · C13: B♭–D–E–A · Cm9: E♭–G–B♭–D · Cm9: B♭–D–E♭–G
6/9コード:やわらかいメジャー
メジャー・コードでは、特に曲の終わりで、多くのピアニストがメジャー7thを6thに置き換えます。そうしてできる6/9コード(C – E – G – A – Dからルートを除いてE – G – A – D)は、開放的で落ち着いた響きです。ルートとメジャー7thがぶつかる鋭さがまったくありません。
Cmaj9: E–G–B–D · C6/9: E–G–A–D · C6/9: A–D–E–G
ii–V–I:AとBが交互になる理由
ii–V–Iを形を交互にしてA – B – Aで弾くと、すてきなことが起きます。ほとんどすべての音が1歩動くか、そのまま残るのです。Dm9(F – A – C – E)はG13(F – A – B – E)になります。動くのはCだけで、半音下がります。次にG13がC6/9(E – G – A – D)になります。すべての声部が1歩ずつ下がります。
これがヴォイス・リーディングです。コードからコードへ跳ぶのではなく、手がすべるように動きます。このヴォイシングがなめらかに響く理由であり、弾きやすい理由でもあります。
Dm9: F–A–C–E · G13: F–A–B–E · C6/9: E–G–A–D
B – A – Bも練習しましょう。Dm9は7thから、G13は3rdから、Cは7thから。どちらの順番を使うかはキーによります。一番低い音がだいたいC♯3からC4の間に来るほうを選びましょう。
長いチェーン
多くのスタンダードでは、4度ずつ離れたドミナント・コードがいくつも連なります。iii – VI – ii – V – I(キーCではEm7 – A7 – Dm7 – G7 – Cmaj7)。AとBを交互に続ければ、チェーン全体が1つの手のポジションの中に収まります。
Em7: G–B–D–F♯ · A13: G–B–C♯–F♯ · Dm9: F–A–C–E · G13: F–A–B–E · Cmaj9: E–G–B–D
ゆっくり弾いて、一番上の声部を聴いてみましょう(キーCで)。F♯、F♯、E、E、D。考えなくても、ひとりでにメロディが現れます。この内声のメロディが、このスタイルの演奏を叙情的に響かせる大きな要素です。
上にメロディを乗せる
次は右手です。バラードのテンポで、左手のヴォイシングを伸ばし、その上でメロディを動かします。両手がぶつからないよう、メロディはヴォイシングの上(C5あたりから上)に置きましょう。ここでのメロディは、このレッスンのために私が書いたオリジナルのラインです。
実際の曲をこの方法で弾くと、メロディの音がヴォイシングの中に入ってしまうことがあります。そのときは、その音を左手から抜くか、もう一方の形を選びましょう。
練習のしかた
- 1つのルートで2つの形。Cmaj9、C13、Cm9をAとBで。次に4度圏に沿って次のルートへ。音名を声に出して言いましょう。
- ii–V–IをA – B – AとB – A – Bで、1日3つのキー、ゆっくり。上の12のキーすべてボタンは4度圏をひと回りします。
- チェーンiii – VI – ii – V – Iを1日2つのキーで。
- 曲を1つ。「Autumn Leaves」のようにii–V–Iがたくさん出てくるスタンダードを選び、まずフォーム全体を左手だけで弾き、それからメロディを加えましょう。
よく耳にする間違い
- 低すぎる。C3より下で4つの音を密集させると、うなり声のようになります。一番下の音は、だいたいC♯3からC4の間に置きましょう。
- 大きすぎる。このヴォイシングは色彩であって、リズムではありません。メロディより小さく弾きましょう。
- いつも同じ形。A – A – Aでは手が跳びます。交互に使いましょう。
- 基礎を飛ばす。3rdと7thがまだ自然に出てこないなら、1週間ガイド・トーンに戻りましょう。ルートレス・ヴォイシングは、シェルに色彩を加えたものです。
生徒からよく聞かれる質問
1人で弾くときもルートレス・ヴォイシングは使えますか?
ある程度は使えます。ベーシストがいないと、ルートがないぶんハーモニーが落ち着かなく聞こえることがあります。1拍目でルートを弾いてからルートレス・ヴォイシングを弾くか、ii–V–Iのドリルの両手のヴォイシングを使いましょう。
マイナーのii–V–iは?
同じ考え方が、違う色彩で使えます。iiはマイナー・セブンス・フラット・ファイブ、Vには♭9と♭13、マイナーのiには9th。ii–V–Iのドリルのステップ4に、弾ける例があります。
Bill Evansはいつもこのように弾いていたのですか?
システム通りに弾くピアニストはいません。Evansはさまざまな方法でコードをヴォイシングし、両手を使うことも多くありました。AフォームとBフォームは教えるためのシステムで、彼の響き、そして1950年代後半からのジャズピアノの響きの中心となる部分をとらえたものです。
おすすめの録音
この響きは、手と同じくらい耳で覚えるものです。左手だけを聴いてみましょう。どこで弾いているか、何音か、どのくらいの頻度か。毎拍ではなく、メロディの音と音の間にそっと置かれているのが聞こえるはずです。
- “Waltz for Debby”, Bill Evans Trio · Waltz for Debby (1961)
- “My Foolish Heart”, Bill Evans Trio · Waltz for Debby (1961)
- “Gloria’s Step”, Bill Evans Trio · Sunday at the Village Vanguard (1961)
- “Autumn Leaves”, Bill Evans Trio · Portrait in Jazz (1959)
- “Someday My Prince Will Come”, Bill Evans Trio · Portrait in Jazz (1959)
- “Peace Piece”, Bill Evans · Everybody Digs Bill Evans (1958): ソロ・ピアノ
- “Blue in Green”, Miles Davis · Kind of Blue (1959): Bill Evans(ピアノ)
- “Nardis”, Bill Evans Trio · Explorations (1961)
- “Very Early”, Bill Evans Trio · Moon Beams (1962)
- “You Must Believe in Spring”, Bill Evans Trio · You Must Believe in Spring (1977)